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監督 ― さたかさんのこと①

さたかさん
白血病で1年にわたり闘病中だった演出部の佐髙さんが亡くなった。
ちょうど一か月前、10月21日の昼下がり、突然にその知らせは届きました。

8月の半ばにご本人から治療の経過が芳しくなくきっと年は越せないだろうと聞いてはいましたが…心のどこかで佐髙さんのことだから、なんやかんやで来年のお正月も悪びれもせずに「生き残っちゃいましたよ~」なんて言って笑っているような、そんな気がしていました。

以前の記事と重複しますがもう一度、僕と佐髙さんの関係を書かせて下さい。
僕が佐髙さんと出会ったのは10年ほど前。さんざん寄り道した揚句に29歳で商業監督としてVシネマで監督デビューを果たした頃でした。
助監督経験がほとんどなく右も左も分からなかった僕にとって彼女は10歳近く年上の助監督で頼れる存在だった…と同時に年上の助監督という事で壁を感じてもいました。
その後も彼女は僕の監督した殆どの作品(長編8本 短編4本/未公開含む PV7本)に助監督として参加してくれました。
そんな佐髙さんが昨年の夏、Vシネマで48歳にして監督デビューする事になりました。
「OMOCHA」という大人のおもちゃをモチーフにしたエッチなVシネマでした。

OMOCHA

監督デビュー作の撮影が終わり、直後に佐髙さんは入院しました。
急性骨髄性白血病でした。
プロデューサーに病気のことを知られれば監督を降ろされるかもしれないと考え、病気であることを隠して撮り終え抗がん剤治療を受けながら作品を完成させるという選択をしたのです。

僕は入院する直前の佐髙さんに呼び出され闘病の様子を記録してほしいと言われました。
どこまでできるか分かりませんでしたが引き受けました。
佐髙さんが亡くなって1カ月、こんな事に意味があるのか自分なりに考えましたが、本人が記録を望んだということもあり佐髙さんが入院してから亡くなるまでの記録を何回かに分けてここで綴っていこうと思います。
僕の主観が混じりますがお許しください。



【2013年9月6日深夜】
渋谷の大人のおもちゃ屋へ佐髙組「OMOCHA」撮影現場の応援に行く。
知り合いばかりで現場は和気あいあい。
数シーンにまたがってエキストラ出演させられる。
最終日だけあって監督している佐髙さんは少し疲れて見えたが自分の初監督の時のテンパリ具合を思い返せば全然余裕のある感じ。
さすがに助監督経験が長いだけの事はあるなと思うと同時に落ち着き過ぎているとも感じた。
もっと感情的に演出する佐髙さんを見たいな、と思う。
初監督作品のクランクアップを見届けて始発で帰った。
撮り切ってホッとした顔をしてたけど本当はここから始まる仕上げの事で頭がいっぱいだろうなと想像して少しニヤっとしながら。



【2013年9月11日】
佐髙さんから電話で病気の事を聞かされる。
何と言っていいか分からない。
急いで急性骨髄性白血病についてググった。
自分に出来る事はしたいと思うけどできる事って何だ?



【2013年9月12日】
subaru01
subaru02

新宿のスバルビルで待ち合わせる。
こんな話をする時ですらスバル下の喫茶店。
空しいようなでも「やっぱここだよな…」という連帯感も感じる映画・映像業界の人間にとって特別な場所。
ブログを始めたいというのでアカウントを取りセッティングをする。
佐髙さんはパソコンが苦手だ。
以前も出入りしていた制作会社のパソコンをいじっているうちにウィルスに感染させて騒ぎになったことがあったなぁと思い出す。
「病気が治ったらこのブログを書籍化して印税で儲けるつもりです」とうそぶく佐髙さん。
そして闘病の様子を撮影してほしいと頼まれる。
どこまでできるか分からないけど佐髙さんがそう言うなら・・・。
そして数日後、佐髙さんは入院した。



【2013年10月5日】
最初のお見舞い。
監督の能登くんとプロデューサーの野村さんが同行。

1005_013
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1005_008

能登君は僕の監督作品に佐髙さんと供に助監督として参加してくれた演出部で現在は立派に監督もこなしている。
佐髙さんとはいわば助監督としての戦友だ。
先日の佐髙組「OMOCHA」にも助監督として参加していた。

OMOCHA

野村さんは僕が監督デビューする少し前からの付き合いで、僕が佐髙さんと仕事をし始めた時にも傍にいた制作部。
しかしその後、演出部の佐髙さんとは仕事上のすれ違いから疎遠になってしまっていた。
疎遠になってしまった事を互いに気に病んでいる事を知っていたので、事情を話して野村さんをお見舞いに呼んだ。
久しぶりににこやかに話すふたりを見てわだかまりが解けたように感じた。
上辺だけのことじゃなく、本当に。

1005_005

「自分の病気も監督作品の宣伝になる」と強がる佐髙さんが、
ふと「会いたくない人ばかり夢に出る」とつぶやいたことが深く印象に残った。



映画作りに限らずあらゆる仕事において皆それぞれの立場があって、それを守り演じるために誰かにきつい言葉を投げかけてしまったり剣呑な態度を取ったり。
そうして溝を深めるうちに仕事から離れた所でもその人を憎むようになる。
そんなことは本当にバカバカしいし立場やプライドを守るためにとげとげしい言葉で武装せずに互いの立場を尊重して許しあえたらいいのにな、とこの日の二人を見て思った。
まぁでもムカつく奴はやっぱムカつくから…無理なのかもね(笑)


つづく
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東海林毅@七分咲き

Author:東海林毅@七分咲き
東海林毅/ショウジツヨシ(41)
映画監督、映像作家、
コンポジターもやるよ。

NHK Eテレ<青山ワンセグ開発>「ファスナー昆虫記」「女子力相撲」「平成サウダージ」◆BSP「フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿」毎月第4木曜日21:00~ VFXスーパーバイザーで参加中

代表作:実写版「喧嘩番長」シリーズなど

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